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札幌高等裁判所 昭和58年(う)99号 判決 1983年9月13日

被告人 渡邊裕二

昭一八・二・二〇生 自動車運転手

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩本勝彦提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、被告人を禁錮一〇月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予すべきであるというのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、本件は、要するに、被告人が、闘犬で闘争本能が強くかつ人にかみつくなどした場合重大な傷害を与える能力を持つ土佐犬の成犬(生後三年)を飼育するにあたり、本来であれば自宅の敷地などに堅ろうな畜舎を設けこれに収容するなどして、近隣の幼児等が近づいてきて危害を加えられるような事態の発生しないように配慮すべき注意義務があり、このことを十分に認識していながらこれを怠り、自宅から数十メートル離れ、住宅地に近接していて幼児等の立ち入りもしばしば認められた、公有地である原判示の河川敷において、勝手に鉄くい打ち込み、常時これに長さ約五・九メートルの長大な鎖を用いて係留する状態で右土佐犬の飼育を続けた重大な過失により、たまたま右河川敷内に立ち入つた幼児(当時三年)が右犬によつてかみつかれ、全身咬創によるシヨツクにより死亡するに至らせたという事案であるところ、被告人は、昭和五七年五月ごろから右河川敷で原判示の犬を含む三頭の土佐犬を係留して飼育していたが、ずさんな飼育方法から、同年八月二二日、そのうちの一頭(生後六年のもの)が逃げ出して付近を徘徊して近隣住民に脅威を与え、次いで同年九月二日再び右犬が逃げ出して付近の小学校に入り込み、教師一名にかみついて傷害を負わせ、その都度苫小牧市の保健衛生当局の係員から飼育方法について厳重な注意を受け、逃げ出した一頭は殺処分に付され、残余の二頭については、旭川市の友人宅に連れて行くことにする旨誓約していたにもかかわらず、早急にその措置をとらないうちに、同月二六日、近隣の幼児(当時五年)が原判示の犬に近づいてかみつかれるという事故が発生し、それでもなお改善策をとらないでいるうちに、本件重大事故に至つたものであり、このような経過等にかんがみると、被告人の土佐犬の飼育方法、飼育態度は余りにずさんで無責任なものであつたというのほかなく、本件過失の態様は重いといわなければならないこと、本件で発生した結果が極めて悲惨で重大なものであり、被害者の遺族の被つた精神的衝撃の深刻なことはもとよりであるが、付近住民一般に与えた脅威も大きいと認められること、更に被告人にはこれまで失火罪や業務上過失傷害罪等により四回罰金刑に処せられていることなどを考慮すると、被告人の刑責は軽視し難く、したがつて、被告人なりに本件について反省していること、本件による損害賠償請求訴訟を提起している被害者の両親と被告人との間で、原判決後、被告人から右損害請求金の内金として一五〇〇万円の支払いを約し、内一〇〇〇万円を保険金で支払つていること、被害者の両親の側にも被害者に対する監護方法に落度がなかつたかとはいえないこと、被告人の年齢、家庭の状況、その他所論指摘の諸事情を参酌しても、本件は、被告人に対し刑の執行を猶予すべき案件とは認められず、原判決の科刑が重すぎるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部保夫 横田安弘 平良木登規男)

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